大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和50年(行ケ)2号 判決 1977年3月29日

原告 雫石鉄夫

<ほか二名>

原告三名訴訟代理人弁護士 阿部長

同 阿部泰雄

被告 宮城県選挙管理委員会

右代表者委員長 松坂清

右訴訟代理人弁護士 林久二

右指定代理人書記長 小川善次郎

<ほか四名>

主文

被告が、昭和五〇年七月二一日にした、同年四月二七日施行の宮城県桃生郡矢本町長選挙の効力および当選の効力に関する原告らの審査申立を棄却する旨の裁決を取り消す。

右選挙を無効とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告らは主文同旨の判決のほか予備的に主文掲記の選挙における大江眞志次の当選を無効とする旨の判決を求め、被告は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求めた。

第一、原告らの請求原因

一、昭和五〇年四月二七日、宮城県桃生郡矢本町長選挙(以下本件選挙という)が施行され、投票総数一万三四〇八票のうち、大江眞志次六六六四票、小山小太郎六六四七票、無効投票九四票、持帰り一票、不受理二票ということで大江眞志次が当選とされた。原告らは、右本件選挙の選挙人である。

二、原告らは、本件選挙の効力および当選の効力につき矢本町選挙管理委員会(以下町選管と略称する)に対し異議の申立をしたが同選管は棄却の決定をしたので、被告に対し同年五月二八日本件選挙の無効と予備的に大江眞志次の当選の無効を主張して審査の申立をしたが、被告は、同年七月二一日、大江候補の得票六六六六票、小山候補の得票六六五七票、無効八三票、不受理二票と修正のうえ結局原告らの申立を棄却する旨の裁決をし、右裁決は、同月二三日原告らに送達された。しかし、以下に述べるとおり、本件選挙は無効であり、そうでないとしても当選人大江の当選は無効であるから、被告のした審査申立棄却の裁決は取り消されるべきものである。

三、選挙無効の理由

(一)  公職選挙法第四八条違反

(イ) 身体の故障又は文盲により、自ら当該選挙の候補者の氏名を記載することができない選挙人から代理投票の申請があった場合においては、投票管理者は、投票立会人の意見を聴いて、当該選挙人の投票を補助すべき者二人をその承諾を得て定め、その一人に投票の記載をする場所において投票用紙に当該選挙人が指示する候補者の氏名を記載させ、他の一人をそれに立ち会わせなければならないのである。この場合に、もとより、投票補助者が選挙人の指示した候補者を正確に記載した旨を選挙人に読み聞かせる必要があるし、投票補助者の記載の際に投票の秘密も保持されなければならないのである。

(ロ) ところが、同町第九投票所においては、本件選挙当日、桜井しもよ、石森いつよ、石橋みよし、津田かつよ、佐藤かめよ、半田みや子、及川あやの、甲野花子、三浦菊之進、桜井慶吉、斉藤なみの、伊藤寅之助、佐藤初蔵らが代理投票をしたが、そのうち、桜井しもよ、石森いつよ、石橋みよし、津田かつよ、佐藤かめよ、半田みや子、及川あやの、甲野花子の八名については、投票補助者が投票事務従事者である雫石利義也一名のみで、他に立ち会う者がいないまま、同人によって投票用紙に記載され、しかもその内容は選挙人に全く読み聞かされなかった。また桜井しもよ、石橋みよし、津田かつよ、佐藤かめよについては、同女らの代理投票の申出を、雫石利義也は全く投票管理者にはからず、独断で代理投票の記載をした違法がある。

(ハ) なお、右投票所で代理投票をした甲野花子は、聾唖者であるが、通訳もつけずに同人の身振り手振りで候補者の氏名が了解されたとして代理投票が行なわれている。しかし同女は全く字が読めないので何人に投票されたか自ら確かめる術がないのであり、このような事態を看過して代理投票が行なわれたことは投票の管理執行に違法があるというべきである。

(ニ) 同じく三浦菊之進は、同投票所の裏側戸外で戸板に乗ったまま投票を申し出て、補助者の代理記載がなされている。右のような代理投票の記載は、投票記載所以外の場所による投票であるのみならず、その場は投票に来た者の駐車場であり不特定多数の者が往来するところで、現に五名の附添人が選挙人の側にいたのである。このように、選挙人の意に反した投票がなされるおそれがあり、代理記載した候補者の氏名の告知が投票にきた者にも聞知されるような状態でなされた代理投票は、投票の秘密がおかされ、選挙の自由公正が害される結果をもたらすものというべきである。

(ホ) 同じく同投票所において代理投票した桜井慶吉も、投票所裏側戸外の駐車場で車からおりないで投票している。同人の投票も投票記載所以外の場所で行なわれた投票であり、立会人以外の一般人も投票をみており選挙の秘密がおかされている。

(ヘ) 同投票所で代理投票した斉藤なみのは、投票所にこそ入ったものの、受付のところに座ったままで代理投票の記載がなされている。

しかも、附近には、投票に来た者が多数おり、四名の附添の者もいて、代理記載された投票の内容の告知が他の者に聞知されるような状態であった。このように投票記載所以外の場所で代理投票の記載がなされ、かつ投票の秘密がおかされるような状態でその内容が告知されたことは明らかに選挙の自由公正を害するものである。

(ト) また、同投票所において代理投票をした伊藤寅之助と佐藤初蔵も、それぞれ同投票所に自動車で赴き、同投票所の正規の出入口ではない同投票所南側の投票記載所隣りの出入口に腰をおろしたまま代理投票をした。右の両名が腰をおろした場所はもとより投票記載所ではないし、投票にきた者の駐車場にあてられていたところで不特定多数の人の往来する場所であった。したがって同人らの代理投票も、投票記載所外で行なわれ、かつ投票の秘密が保持されない状態でなされたというべきである。なお、右投票所の正規の入口でない投票記載所隣りの出入口は当日施錠されておらず、代理投票の附添などの名目で多数の者が投票所に出入りしており、選挙人と投票事務管理者など法定の者以外の者の立ち入りを禁じている公職選挙法第五八条は全く無視された状態であった。

(チ) 以上のように、第九投票所における代理投票については、明らかに公職選挙法の規定に違反する投票の管理執行の違法があり、そのような違法な手続によってなされた個々の代理投票は無効とみるべきものである。

(二)  公職選挙法第四二条、第四三条、第五〇条違反

選挙の当日選挙権を有しない者は投票をすることができず、選挙人名簿に登録されていても、既に転出したりなどして名簿に登録できない者であるときは、投票をすることができない。

しかし、第六投票区の鶴宮充、第一〇投票区の鈴木洋子、第一七投票区の石垣和宏は、投票当日町外に転出していたもので、選挙権がないのにもかかわらず投票をしている。

また第三投票区の阿部由美子は、投票当日選挙権があったのにもかかわらず、投票を拒否された。この点について被告は、同人に対する投票の拒否は、名簿の転出表示者に対する選挙権の有無について調査確認をする間の一時待機を求めたに過ぎないとしているが、同投票所の投票管理者は、最終的な拒否の意思表示をしており、そのため阿部は帰宅し、選挙権を行使することができなかった。同人は違法に投票を拒否されたのである。

(三)  公職選挙法第四九条違反

不在者投票は、選挙人が選挙の当日、投票所において投票を行なうという原則に対し、選挙の期日前に投票をさせる例外の制度であるから、その手続は厳格に行なわれなければならない。

しかし、本件選挙における不在者投票のうちには、公職選挙法第四九条一項二号所定の「やむを得ない用務または事故」の要件には該当しないのに、右の要件に該当するとして違法に不在者投票を許したものが左記のとおり二二票存在する。

氏名

不在者投票事由

石垣伸樹

国外旅行(台北)

菅原まや子

蔵王(旅行)グループで

石森康子

羽田に夫を迎えに行く

遠藤荘吉

戦友会参加のため東京に旅行

宮崎清子

茨城旅行のため(夫の出張に随行帰省)

阿部幸子

東京へ主人が入港出向えするため

谷津田文夫

旅行(川口市)(姉宅に用事で)

谷津田友子

旅行姉宅に用事で(川口市)

阿部すみい

旅行のためグループで(東京へ)

10

土井愛子

旅行(大阪)兄出港見送りのため

11

木村きへ子

夫の出港見送りのため歌津に行く

12

相沢つやの

鳴子温泉(湯治)

13

相沢正栄

鳴子温泉入湯のため

14

半沢正志

茨城県方面旅行(娘に用事あり)

15

半沢久子

茨城県方面旅行(娘に用事あり)

16

浅野博

東京に旅行(姉に用事があり)

17

吉田つる子

天理市お拝り(例祭があり)

18

木村力男

旅行山形市(三山参拝団)

19

石川春雄

定義山団体参拝のため

20

今村衛

岩手県へ慰安旅行(グループで)

21

服部正義

福島県二本松市に旅行のため(急用で実家へ)

22

伊藤誠一

旅行友人と予約済東京都国分寺市戸倉へ行くため

右の二二名の不在者投票の事由は、いずれもやむを得ない用務または事故にあたると解することはできない。

しかも、右1の「(台北)」、2の「グループで」、5の「(夫の出張に随行帰省)」、7、8の「姉宅に用事で」、9の「グループで」、14、15の「(娘に用事あり)」、16の「(姉に用事があり)」、17の「(例祭があり)」、18の「(三山参拝団)」、20の「(グループで)」、21の「(急用で実家へ)」、22の「旅行友人と予約済」という文言は、いずれも不在者投票申請者の筆跡でないばかりか、同一人の筆跡であるとみられるのであり、後日不正に記入された疑いがある。いずれにしても、本件選挙において不在者投票が極めて杜撰に行なわれたことは明らかというべきである。

(四)  以上のように、本件選挙における代理投票、転出者の投票、不在者投票については明らかに選挙規定に違反する投票の管理執行の違法があり、このような違法な手続によってなされた投票は無効であるから、本件選挙の大江、小山両候補の得票差からすれば、右の投票の管理執行の違法が、選挙の結果に異動を及ぼすおそれがある場合にあたることは明らかである。

四、当選無効の理由

(一)  被告が無効と認定した八三票のうち、左の各票は、小山候補に対する有効票とみるべきである。

(イ) 「大山さんへ」と記載されている票。「さんへ」は単なる敬称であり、他事記載として無効とすべきではない。なお「へ」は単なる筆の流れによって生じた痕跡と解し得る。

(ロ) 「小山さんがんばってね」と記載されている票。これは、小山候補に対する積極的な応援の意思が表明されているのであり、意味的には、「小山さん」と表示されたのと同じであり、小山候補に対する投票の意思は疑うべくもなく、雑事記載として無効とすべきではない。

(二)  被告が大江候補に対する有効票と認めた票のうち、左の各票は無効票とすべきである。

(イ) 投票用紙が切断ないし破損しているもの三票。開票の際誤まって破れたものとは認められない。

(ロ) 「小山」と「大江」と二人以上の候補者を記載したもの一票。

(ハ) 投票用紙の表又は裏に、殊更候補者を逆にして記載したり、候補者名を記載すべき欄外に記載してあるのは意識的に記載したものとして無効とすべきである。このような票は一〇票以上ある。

(ニ) 「大江長町」「大ヱツ」とある票は他事記載である。

(ホ) 「近江」「大井」は候補者でない者の氏名を記載したものである。

(ヘ) 単に「大」と記載されたものは何人に投票したか判読できないもので無効である。

(ト) 「オイモシツ」、「をりさん」「おしましち」とある票は雑事記載にあたり、「おおましつ」「オエマズ」「おえ」「おい」とある票は何人に投票したか判読できないものとして無効とすべきである。

(三)  被告が認定した大江候補と小山候補の得票差は九票に過ぎないから、以上の事実によれば両候補の得票差が逆転し、大江候補の当選に影響を及ぼす結果が生じることは明らかである。

(四)(イ)  なお、被告が無効だと主張する、1とある票は単なる書直しであり、書体、投票の形式から有意記載ではないから、小山候補の有効票であり、2とある票は抹消されているから他事記載として無効とすべきではなく、3と記載されている票も二重記載ではない。4「オマラ」とある票はその書体、投票の形式から「オヤマ」と記載する趣旨であることは明らかであるから、小山候補の有効票とみるべきである。

(ロ) また、被告が大江に対する有効票であると主張するとある票、とある票はいずれも判読不能で無効であり、とある票は、むしろ大山と読めるので小山候補への有効票である。

五、以上の次第で、本件選挙は無効であり、仮に有効であるとしても大江候補の当選は無効であるから、請求の趣旨記載の判決を求める。

第二、被告の答弁

一、請求原因第一項の事実および同第二項記載のように町選管が異議申立棄却決定をし、被告が審査申立棄却裁決をし、右決定が原告らに送達された事実は認める。

二、第九投票所において桜井しもよ、石森いつよ、石橋みよし、津田かつよ、佐藤かめよ、半田みや子、及川あやの、甲野花子、三浦菊之進、桜井慶吉、斉藤なみの、伊藤寅之助、佐藤初蔵が代理投票をしたことは認めるが、代理投票が違法になされたという点は否認する。

(一)  第九投票所においては、投票管理者である雫石正司が投票立会人である森大蔵、雫石はる子、葛西みき子の意見を聞き、投票補助者として雫石利義也、高橋凱男を定め、主として高橋が選挙人の指示する候補者の氏名を記載し、雫石利義也が記載に立ち会っていたのであり、投票補助者一名のみで代理投票を取り扱ったことはない。また、雫石利義也ら投票補助者は、代理記載した投票用紙をすべて選挙人に呈示している。代理投票においては、投票の秘密保持のうえからも呈示で十分であり、読み聞けは必要ではない筈である。桜井しもよ、石森いつよ、石橋みよし、津田かつよ、佐藤かめよ、半田みや子、及川あやの、甲野花子の代理投票は、すべて右のように二名の投票補助者を選任して適法に行なわれたのである。

(二)  甲野花子は、聾唖者であるとしても、身振り手振りで候補者の氏名を特定して投票補助者に伝達し得たのであり、通訳こそ付さなかったとしても、前項のように投票補助者二名が立会している以上投票の管理執行に違法はない。

(三)  三浦菊之進、桜井慶吉は、いずれも投票所内部で代理投票をしているのであり、投票所の戸外で投票補助者が代理投票の記載に応じたことはない。

(四)  斉藤なみのの代理投票は、投票補助者が投票記載台で記載したうえ、同人に呈示して投函しており、代理投票の手続に違法はないし、投票の秘密が保持できない状態ではなかった。

(五)  伊藤寅之助、佐藤初蔵は身体障害者であり、正規の出入口から投票所に入ることが困難なために、特別に投票管理者が認めた投票記載所側の出入口からなかに入れ、上半身が投票所の中に入り、足が外に出ているような状態に腰をおろさせ、代理投票をしたのであって、投票所の外で投票させたものではなく、右のような措置は、足の不自由な身体障害者である両名に対してはむしろ最善の措置だったのである。右の出入口から、両名以外の附添の者が投票所内に出入りしたという事実は全くない。

三、鈴木洋子、石垣和宏が、本件選挙当日、原告ら主張のように、選挙権がなかった事実は認める。しかし、第六投票所で投票した鶴宮充は、投票当日選挙人名簿には転出の表示がなされていたが、同人は四月二三日転出届出をしたものの、実際に転出する日は本件選挙後の同月二九日であって、投票当日は選挙権を有することが明らかであったので投票をさせたものであり、その手続に選挙規定の違反はない。また、阿部由美子は、当日、夫阿部啓也に遅れて第三投票所に来たが、選挙人名簿に転出の表示があったので、同投票所では一旦町選管に照会したが、同選管では、一般的に転出届出の表示のある者については投票を拒否するということであったので、その旨を同女に伝え帰宅させた。しかし、その後同投票所に巡回にきた町選管の委員長、書記長から、転出表示があっても、投票当日投票後に転出するのであれば投票できるとの具体的な指示を受けたので、同日の午後六時まで、同女に投票をさせるべく係員が同女宅を訪れたり、電話で連絡をとろうとしたが、既に女川町に転出したということで、投票が事実上不可能になったのである。このような経緯からすれば、同女に対する投票の拒否は、町選管の事務従事者が慎重を期した結果、調査確認をする間の一時待機を求めた趣旨に過ぎず、投票の管理執行に関する違法はないというべきである。

四、本件選挙においてなされた不在者投票のうち二二票に原告ら主張のような不在者投票事由の記載があることは争わない。しかし、昭和四五年一二月二四日法律第一二七号の公職選挙法の一部改正にあたって、従来不在者投票事由については、各所属長または病院長または市町村長などの不在者投票事由証明書を必要としていた制度をあらため、選挙人が、選挙の当日自ら投票所に行き、投票をすることができない事由を申し立てるとともに、右の申立が真正であることを宣誓することによって不在者投票のための投票用紙の請求をし、不在者投票管理者が、その請求の真正を確認したうえで不在者投票のための投票用紙を交付し、投票をさせることにしたのである。本件における右二二票の不在者投票は、右の手続にしたがい、不在者投票管理者が不在者投票の請求者についてすべて選挙当日投票できない事由をたしかめ、選挙人においてもその事由が真正であることを口頭で申出て、かつ正規の宣誓書を作成し署名捺印しているので、この間の手続に違法はない。また、右の公職選挙法の一部改正が行なわれた趣旨からも、右二二票の不在者投票事由は、不在者投票を許容する要件である公職選挙法第四九条第一項二号の「やむを得ない用務」に該当するというべきである。なお、不在者投票事由の欄に、町選管の職員が後日不正に加筆したというような事実は全くない。

五、(一) 請求原因第四項(一)記載のように「大山さんへ」「小山さんがんばってね」と記載された投票が存在し、被告においてこれを無効としたことは認める。

(二) 同じく請求原因第四項(二)の(イ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)および(ト)記載のような投票が存在し、被告が右投票をいずれも有効としたことは認める。

(三) 原告らが、請求原因第四項(ロ)で主張するような記載のある投票は存在せず、したがって右の投票を被告が有効と判断したことはない。

(四) なお、被告が裁決において判断したほかにも、小山候補については無効票があり、大江候補については有効とみるべき票がある。

(イ)  小山候補の有効票と認めた次の四票はもともと無効の票である。

1  と記載されている票(昭和五〇年一二月九日証拠調調書添付写真23―以下写真の番号のみを略記する)。右投票は、まず最初に「大江」と鉛筆で記載したのちそれを抹消することなく「小山」と若干濃くその上に重ねるように記載したものであることは、投票自体からして明らかである。このような投票は、候補者両名を記載したものであるかまたはいずれの候補者名を記載したか不確かであるから無効票と見るべきである。

2  と記載されている票(写真33)。右の投票は、「小山小太郎」の左側に「必勝」と書いたうえ丸くペンで囲んだもので明らかに他事記載にあたる無効票である。たとえ右のように記載したのち、これを抹消する趣旨で右上方から左下方に向けて直線が引かれたとしても他事記載にはかわりがない。

3  と記載されている票(写真44)。右の投票は、「小山」と候補者の氏名を記載したうえ、その上部に特別にと記載したもので、明らかに他事記載にあたり無効である。

4 「オマラ」と記載されている票(写真45)。右投票の「オ」は、両候補の音読みでの頭文字を片假名で記載したもので共通と考えられるが、次の「マ」は「マ」とは音読できても「ヤ」とは判断し難い。しかし「マ」は、小山候補の「オヤマ」、大江候補の「オオエマシジ」のいずれの「マ」か判然とせず、「ラ」は、小山候補の「コタロウ」の「ロウ」を「ラウ」と感違いしてそのうちの一字の「ラ」を記載したものとみることはできないから、結局右の投票は判読し難く、いずれの候補者に投票したのか確認困難な無効票とすべきである。

(ロ)  大江候補の無効票と認めた次の票はもともと有効票である。

1  と記載されている票。右投票は第一字は大江候補の「大」であることは明瞭である。第二字は、片假名の「ス」に読めるが、運筆の稚拙なことからみて、「エ」と書くつもりがという形になったものと推測される。したがって「大エ」と書いたものと解釈できるもので、同種の票を大江候補に対する有効票と取り扱っていることからしても、大江候補に対する有効票と解すべきである。

2  と記載されている票。右投票の第一字は、漢字の「矢」のようでもあるが、最初の二画であるは「大」と書く積りでペンが走りすぎて取りやめて、その下にあらためて「大」と書いたものとも見られるし、第二字は平假名の「ゑ」と判読できるところから、この投票は「大ゑ」と書かれたものとして大江候補に対する有効票とみなすべきである。

3  と記載されている票。右の投票は、第一字が「大」であることは明白であり、第二字は運筆が稚拙な老令の人が辛うじてと第一画を書いたのち「一」と書くべき第二画を曲りなりにと書き終えた状況が読みとれるところから「大エ」か「大江」と記載するつもりであったことが推認されるから大江候補に対する有効票とみるべきものである。

(五) したがって、被告がさきに裁定した得票の結果に、右の判定の結果を加えて両候補の得票数を修正すると、大江候補の得票は六、六六九票、小山候補の得票は六、六五三票となりその得票差は一六票となる。

六、以上の次第で、大江候補と小山候補の得票差が一六票であることからして、かりに町選管の投票の管理執行に違法があったとしても選挙の結果に異動を生ずる場合にはあたらないし、大江候補の当選が無効となることもあり得ない。

第三、証拠《省略》

理由

一  昭和五〇年四月二七日、宮城県桃生郡矢本町長選挙が施行され、投票総数一万三四〇八票のうち大江眞志次候補六六六四票、小山小太郎候補六六四七票、無効投票九四票、持帰り一票、不受理二票ということで大江候補が当選とされたこと、原告らは、右本件選挙の選挙人であるが、本件選挙の効力および当選の効力につき矢本町選挙管理委員会に対し異議の申立をしたが、同委員会が棄却の決定をしたので、被告に対し、同年五月二八日本件選挙の無効と予備的に大江候補の当選を無効と主張して審査の申立をしたところ、被告は、同年七月二一日、大江候補の得票六六六六票、小山候補の得票六六五七票、無効八三票、不受理二票と修正したが結局原告らの申立を棄却する旨の裁決をし、右裁決は同月二三日原告らに送達されたことは当事者間に争いがない。

二  そこで選挙無効の主張について判断することにする。

(一)  (第九投票所における代理投票について)

(イ)  まず《証拠省略》によると、本件選挙における第九投票所の投票管理者は、雫石正司であり、投票立会人は雫石はる子、葛西みき子および森大蔵の三名であったが、同投票所における代理投票は次のような方法で行なわれたことが認められる。すなわち、投票管理者雫石正司が、立会人の意見を聞いてあらかじめ代理投票の補助者として雫石利義也、高橋凱男の二名(いずれも矢本町役場の吏員)の両名を選んでおき、受付において代理投票の申立があった場合には、その都度投票管理者が立会人の意見を聞いて相当と認めた場合にはそれを許し、投票補助者のうち高橋凱男が当日代理投票した四五名のうち四四名分を代理記載して雫石利義也がそれに立ち会い、のこり一票は、同人が代理記載して高橋が立会し、それぞれ代理記載した票を選挙人に示して確認させて投票させたというのである。そして証人津田かつよ、同桜井しもよ、同佐藤かめよ、同半田みや子、同甲野花子の各証言によると、右各証人は、いずれも代理投票をした者であるが、投票補助者が代理の記載をしている間傍らに一名が立ち会っていた旨を証言していることが認められ、証人桜井友子の証言によると、同人は桜井慶吉、桜井しもよの孫であるが、桜井慶吉の代理投票がなされた際には記載者のほかに立会人がいた旨を証言していることが認められる。このような事実によれば、当日の第九投票所における代理投票は、前示雫石正司らが証言するように、投票管理者の指示のもとに、投票補助者二名がそれにあたり、一名が氏名の記載をし、一名がそれに立ち会うという方法で行なわれ、記載内容も選挙人に示して確認するという方法で適法に行なわれたものと判断するのが相当であり(後述する三浦菊之進、桜井慶吉に関する場合を除く)、原告らが主張するように、代理投票が、投票補助者の独断で、しかも投票補助者が一名のみで立ち会うものもなく、さらに記載内容を選挙人に示さずに行われたというような違法があったと認めるに足る証拠はない。投票補助者が投票の記載をしていた際立会人がいなかった旨をいう証人石森いつよ、同伊藤三弥、同三浦勝美の証言は、右の認定を覆えすに足るものとは認められないし、証人津田かつよ、同桜井しもよ、同佐藤かめよ、同半田みや子、同石森いつよの証言中には、同証人らがいずれも雫石利義也に候補者氏名を記載して貰ったと述べている証言があって、代理記載は殆んど高橋凱男がして、雫石利義也が記載したのは一票に過ぎないという証人雫石利義也、同高橋凱男(いずれも第一、二回)の証言に喰い違っていることが認められるが、右の証言の相違も、代理投票の記載の際に、記載者のほかに一名が立ち会って結局代理記載が適法に行なわれたという事実までを否定するものではないから、前示の認定を覆えすには足りないと解すべきものである。

(ロ)  甲野花子が聾唖者であることは、同人の証人尋問の結果から明らかであるが、同人は、代理投票に際して、投票補助者に対し身振り手振りで候補者の氏名を説明した旨証言しているのであり、候補者が二名しかいない本件選挙においては、地元にいる選挙人として身振り手振りで一方の候補者を特定することも不可能ではないと考えられるから、同人が聾唖者であるということで同女の投票を無効とすべきものではないし、前述のように代理投票の際に記載者のほかに立会者がいて投票補助者の記載内容の公正さが担保されていたと認められる以上、同人が文盲であり、投票補助者の記載した内容を確かめ得なかったとしても、その故に代理投票を無効と解すべきではない。

(ハ)  つぎに《証拠省略》によると、伊藤寅之助、佐藤初蔵は、当日代理投票をしたが、いずれも身体の障害により歩行が困難であったため、附添の者が受付に話し、正規の出入口ではない投票記載所近くの同投票所南側の出入口をあけて貰ってそこから上半身を投票所内に入れ、投票補助者が候補者氏名を聞いて投票記載台で記入し、選挙人の確認を得て投票したという事実を認めることができるが、選挙人の身体の障害を理由にしてとられた右の臨機の措置が違法であると断ずるのは相当でない。また右の措置に関連して、選挙人以外の者も投票所に出入りし、選挙人および投票事務従事者など法定の者以外の投票所に対する出入りを禁じた公職選挙法第五八条に違反するような事実があったことを認めさせるに足る証拠はないし、伊藤寅之助、佐藤初蔵の右代理投票の記載内容の確認が、他人において投票内容を了知し得るような状態でなされ投票の秘密がおかされた事実を認め得る証拠もない。

(ニ)  斉藤なみのの代理投票については、《証拠省略》によっても、同女の代理投票が適法に行なわれたことが推認されるのであり、同女の代理投票について投票の秘密がおかされる事態が生じたことを認めさせるに足る証拠はない。

(ホ)  しかし、成立に争いのない甲第一五号証、第一七号証、証人桜井友子の証言によると、三浦菊之進と桜井慶吉の両名は、身体障害のため投票所に入らず、三浦菊之進の場合は投票所裏側で戸板に乗ったまま代理投票し、桜井慶吉の場合も投票所裏側の車の中で代理投票したが、投票補助者が記載した投票は、三浦菊之進の場合はその子三浦満亀治と附添いの佐藤菊四郎が、桜井慶吉の場合はその孫桜井友子が見ていたという事実が認められるのであり、右のような戸外での代理投票が行なわれたことを否定する証人雫石利義也、同高橋凱男(いずれも第二回)の証言のほか当日投票事務に従事していた者の証言は曖昧なところがあって、前示桜井友子の具体的な証言を否定するに足る証拠価値を認めることが困難で採用できないし、ほかに右証言を覆えすに足る証拠はない。してみると、結局三浦菊之進と桜井慶吉の代理投票については、投票の記載が正規の投票記載所で記載されたものではなく、またその記載内容が附添の者に了知されるような状態でなされた疑いが残り、そのために投票の秘密がそこなわれ、選挙の自由公正が害された疑いを払拭できないから、第九投票所で行なわれた代理投票は、三浦菊之進、桜井慶吉両名について投票の管理執行の違法があったといわなければならないことになる。

(二)  (公職選挙法第四二条、第四三条、第五〇条違反の主張について)

(イ)  本件選挙において第一〇投票区の鈴木洋子、第一七投票区の石垣和宏が投票当日選挙権がないのに投票したことは被告も争わない。しかし、このような選挙権のない者がした潜在的無効投票は、公職選挙法第二〇九条の二により、開票区毎に、各候補者の得票数から、当該無効投票数を各候補者の得票数に応じて按分して得た数をそれぞれ差し引くことによって処理されるべきもので、本件においては、選挙無効ないし当選無効の原因となるべきものでないことは明らかであるので、このような選挙権のない者の投票を選挙無効の原因とする原告らの主張は採用できない。

(ロ)  《証拠省略》によると、第六投票区の選挙人鶴宮充については選挙人名簿には転出の表示がなされていたが、投票当日本人が出頭して、投票後三日位のちに現実に転出するという申出をしたので、同投票所の投票管理者小田島嘉は町選管に照会してその申出が真実であることを確かめ(同人の異動届は昭和五〇年四月二三日なされたが、右届には転出日として同月二九日と記載されている)、本件投票当日にはなお選挙権があるものとして投票されたことが認められる。右の措置はもとより適法であり、その他右の認定判断を左右するに足る証拠はない。

(ハ)  《証拠省略》によると、第三投票所の選挙人であった阿部由美子も選挙人名簿に転出届の記載があったにもかかわらず当日投票後に転出するということで投票のために出頭したが、同投票所では転出届がでている者については投票をさせるべきではないという町選管の指示に従って同女に選挙権のない旨を告げて投票をさせずに帰宅させたが、その後昼頃巡回に来た町選管の委員長と書記長から、転出届が出されていても当日転出前であるならば選挙権があるという指示を受けたので、同女に投票させるべく住居を探して連絡したが、同女が既に転出していて連絡がとれなかったという事実が認められる。以上のような事実によると、第三投票所の投票管理者は、阿部由美子が当日なお選挙権を有するのにもかかわらず、違法に投票を拒否したことが明らかで、投票の管理執行に違法がある場合にあたるというべきである。被告は、阿部由美子に投票させなかったことは町選管の指示を得るための一時待機を要請したに過ぎないと主張するが、同女に対し一時待機を告知したことを認め得る証拠はなく右主張は採用できない。

(三)  (公職選挙法第四九条違反の主張について)

本件選挙における不在者投票のうち、原告ら主張の二二票については、選挙人が提出した不在者投票の請求兼宣誓書に原告ら主張の不在者投票事由の記載があることは被告も認めて争わない。原告らは、右の不在者投票事由の記載欄に不正記入があると主張するが、《証拠省略》によると、町選管では不在者投票の申請者に対し、不在者投票の請求兼宣誓書の用紙を交付し、申請者が記載した不在者投票事由の記載が不備な場合は、不在者投票事由や不在期間を申請者に補筆させたり、事務担当者が加筆したりして記載を整えたのち、申請者に不在投票事由が真正である旨の宣誓をさせていたことが認められるのであり、このような手続はもとより適法であるというべく、原告ら主張のように不在者投票事由の記載について不正があることを認めさせる証拠はない。しかし、不在者投票の事由については、公職選挙法第四九条一項二号が「選挙人がやむを得ない用務又は事故のためその属する投票区のある市町村の区域外に旅行中又は滞在中であること」と厳格に定めている趣旨にてらし、その旅行の用向は真摯であり、かつ選挙人の裁量によっては変更のできない生活上やむを得ない事由であることを必要とするものというべきであり、右の用向がやむを得ないと判断される程度に記載されている場合は別として、単なる私事旅行、観光旅行等はたとえグループ旅行であっても不在者投票事由としては不適法であるといわざるを得ない。昭和四五年法律一二七号による公職選挙法の改正とそれにもとづく同法施行令の改正により、不在者投票事由の証明については、従来市町村長等の証明書を提出させていた制度をあらため、選挙人が、選挙当日自ら投票所に行き投票することができない事由を申し立て、かつそれが真正である旨の宣誓書をあわせて提出することをもって足りることとしたのであるが、不在者投票をなし得る場合の要件は従前の規定をそのまま存続させていることからして、右の改正は、不在者投票の手続の改善すなわち手続要件の緩和を目的としたにとどまり、不在者投票の事由を厳格に解すべきものとしている規定の趣旨に変更はないと解さざるを得ない。このような視点から前記二二票の不在者投票事由を検討すると、請求原因三の(三)記載の一覧表のうち、6阿部幸子の「東京へ主人が入港するため」、10土井愛子の「旅行(大阪)兄出港見送りのため」、11木村きへ子の「夫の出港見送りのため歌津に行く」という記載は、船員または漁船乗組員の家族として社会通念上やむを得ない用務または事故に該当するとみる余地があって無効とはいえないが、その余の一九票は、不在者投票事由の記載ではせいぜい観光慰安旅行ないしは単なる私事旅行と解されるにとどまり、やむを得ない用務または事故にあたる内容の記載があるとは認められないから、右一九票については、適法な不在者投票の事由にあたらないのに、不在者投票を許した投票の管理執行の違法があったといわざるを得ないことになる。

三  以上に認定したように、本件選挙においては、三浦菊之進、桜井慶吉の代理投票、阿部由美子に対する投票拒否、石垣伸樹、菅原まや子、石森康子、遠藤荘吉、宮崎清子、谷津田文夫、同友子、阿部すみい、相沢つやの、同正栄、半沢正志、同久子、浅野博、吉田つる子、木村力男、石川春雄、今村衛、服部正義、伊藤誠一の不在者投票について、投票の管理執行に違法があったと解すべきものである。そして、被告が昭和五〇年七月二一日にした裁決によると、大江候補の得票六六六六票、小山候補の得票六六五七票、無効八三票、不受理二票で大江候補と小山候補の得票差は僅か七票であり、本件において、原告らが主張する当選無効の事由の主張が理由がなく、そのうえ被告が主張するように小山候補の有効票として取り扱われた票のなかには無効とされるべきものが四票あり、無効票のなかから大江候補の有効票と認定さるべき票が三票あったとしても、その差が一六票に過ぎないことは被告においても認めるところであるから、前示のように投票の管理執行に違法があったと解される票が合計二二票存すると認められる以上、右の違法が選挙の結果に異動を生ずるおそれのある場合に該当することは明白で、本件選挙は無効といわざるを得ないのである。

四  以上の次第で、本件選挙は無効であるから、被告がした本件選挙の効力および当選の効力に関する原告らの審査申立を棄却する旨の裁決を取り消して原告らの請求を認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井義彦 裁判官 守屋克彦 田口祐三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例